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風街角

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2014年 01月 17日

冬の記憶2 山猫軒のお話し

 宮沢賢治は、「注文の多い料理店」の序文にこう記している。

     『わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほった風をたべ、
桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。

  またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、
いちばんすばらしいびろうどや羅紗(らしゃ)や、宝石いりのきものに、
かはってゐるのをたびたび見ました。

  わたしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
  これらのわたくしのお話は、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、
虹や月あかりから、もらつてきたのです。

  ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、
十一月の山の嵐の中に、ふるえながら立つたりしますと、
もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。

ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、
わたくしはそのとほり書いたまでです。

  ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、
ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。
なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、
わたくしにもまた、わけがわからないのです。

  けれども、わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾いくきれかが、おしまひ、
あなたのすきとおったほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。』


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そのお店は、越生の山の中にある。
越生の梅林を越えてさらに奥…春先は梅や桃の花が綺麗で、ちいさな小川の流れる桃源郷のような所。
わたしが、このカフェを知ったのは、古くからの友人のkanさんからだった。
自転車愛好家のkanさんが奥武蔵を流していた時に、気になっているお店だという。
暮れも押し迫ったある日、kanさんから、
「薪ストーブのある素敵なカフェで新年会をしませんか?」というお誘いがあった。

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年が明けて新年会の日、わたしたちは、越生の駅に集まった。
メンバーは里山が好きで自転車が好きな面々、総勢7人が集まった。
外は、どんよりと曇り空でとても寒くて、わたしたちの他にお店を訪れる人もなかった。
本当は、あちこち行くはずだったが、このお店のあまりの気持ちよさに、
わたしたちはすっかりくつろいでしまった。


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屋根の上には煙突掃除のおじさんのオブジェ


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不思議なオブジェをくぐり抜け

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山猫が大きな口を開け、ぎろりと睨みを利かせているような扉の前に立った。

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パチパチと薪のはぜる音、暖かなログハウスの中は、心地よい音楽が流れていた。
手彫りのような、美しい大テーブルに、並んで座り、まったり何を話したろうか…
ふと気付くと、窓辺に置かれたシクラメンの花越しに、淡い粉雪が降り始めていた。


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「わぁ、雪だよ!!」わたしたちの誰もが、窓辺に駆け寄って、
さらさらと降ってくる雪を子どものように嬉々として眺めたのだった。

そんな記憶を辿って、その後、何度か訪れた山猫軒、
小川のせせらぎが歌いだし花が咲き誇る頃、
晩秋の枯れ葉舞う午後、そして、薪ストーブが恋しくなる季節に。


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このお店は、カメラマンのご主人と、フリーライターの奥様が、都市を離れ
「里山の自然の中での自給自足に近い生活を送る」という夢を
実現させたところから始まる。

最初は、町田市の山奥の古民家での暮らしから始まる。
元は豚小屋だったという小屋を自分たちで リホームして暮らし始め、
大家のご夫婦から、農業のイロハを教えてもらう。
もちろん、生業は続けながらの田舎暮らしが始まる。



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やがて越生の山奥に、このお店の前進である、家を借り、
そこでご主人の夢だった養鶏を始め、山猫軒をオープンした。
そして現在の地に、ご主人は地元の大工さんに助けてもらいながら自力で、
本格的なログハウスを建てて、山猫軒は移転した。
旧山猫軒も、素敵なカフェ“月木舎”として、別の方が切り盛りしている。
こちらも素敵な雰囲気あるお店で、またいつか機会があったらご紹介しようと思う。


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これらのいきさつは、“山猫軒物語”として、フリーライターである奥様の千代さんが出版されている。
素晴らしい本で、わたしは何度もこの本を読み、すっかり、ご夫妻の生きざまに共感し、
感動したのだった。 千代さんの感性や表現力は素晴らしく、生き生きと力強く、繊細で、
美しい文章に魅了されてしまう。読む度にナチュラリストとしての千代さん、
作家としての千代さんにぐんぐん魅かれていくのだった。


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その本の最後の方に、おふたりの生きざまを凝縮したような文章がある。

たくさんの人々が集まり、一緒に音楽や作品を愉しむ。田や畑の草取りに精を出す。
仕事で机に向かってワープロを打つ、都心の会議室で打ち合わせをする。
犬たちやタヌキと山を歩く。親しい仲間たちとパーティを開く。梅干を漬ける。
夫と二人、薪ストーブのそばで酒を飲む。洗濯物を太陽に干す。鶏に餌をやる。

すべて、自分が望んだ時の中で、わたしは「今」を慈しむ。


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そして、エピローグは、こう結ばれている。

… とりわけ、わたしは夫には感謝しています。中略
  自然の中での暮らしを最初に望んだのも夫です。
  わたしは夫にくっついて、愉しんでいただけのような気がします。中略

  最後に、この本を手に取ってくださったあなたに、心からありがとうございます。
  近いうちに、山猫軒でお逢い出来ることを願っています。

     1996年     鶯が今年初めて上手に鳴いた日に     南  千代



自然農法で作られたものだけで作られた体にやさしいメニュー
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自然の養鶏場の卵で作られたデザート
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いつか、奥さまの千代さんにお目にかかりたいと思っていたが、
一昨年だったろうか、他界されたことを知った。
とうとう、お逢いすることは、叶わなかったのだった。

苦楽を共に生きてこられた奥さまを失って、ご主人は、お一人で山猫軒を開かれている。
どんなにか、心寂しいことだろう。でも、きっと、山猫軒には、
いつも千代さんがいらっしゃるのだと思う。


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山猫軒には、千代さんの数々の蔵書を、そのままの形で残された、“千代文庫”という小部屋がある。
誰でも自由に見ることが出来る。その扉を、自分で探してお入りください。という遊び心も楽しい。


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小さな木の扉を押し開けて、中にはいると、ぐるりと書棚に囲まれ、たくさんの本が並んでいる。
たぶん、千代さんが生前並べてあったままなのだと思う。
「本をご覧になったら、必ずもとの所へ戻してください。」との小さな張り紙がある。
賢治さんの書物も、たくさんあって、千代さんは、賢治さんが好きだったのだろうなと思う。


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窓際に、無造作に置かれた、一冊の詩集を手に取った。
その最初のページに、「最後の贈り物」という詩があった。

    あなたへの最後の贈り物は
    たくさんのありがとうと

    一輪の勿忘草を

なんだか、千代さんからのご主人への最後の言葉のような気がして
胸が熱くなって、そっと本を閉じた。

窓の外には緑の森が続いている。やさしい光や、緑の風が入って来そうな小部屋だった。
このお部屋には、千代さんの面影が息づいているのだと思う。


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わたしは、穏やかで優しい微笑を湛えたご主人の南さんにお礼を申し上げて
素敵な山猫軒を後にしたのだった。
また、何度でも、訪れてみたい、お店だ。そしてお店にはこう書かれている。





どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。
ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします♪ 
宮沢賢治 『注文の多い料理店』 より


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by kazematikado | 2014-01-17 18:24 | お店 工房


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